某A氏の資料庫

私見をまとめた雑文と,東大の学内政治風波に関する資料を置いています。東大駒場キャンパスの片隅から。

タグ: 学生自治会

 24日に行われた協議の通り,ビラ配布規制は24日だけとされ,今日27日には,「ビラ配布禁止」の張り紙が全て剥がされ,事実上,当局側はビラ配布通年規制を撤回しました.
 有志である私たちの要求は,当面は通年規制を撤回することと,学生自治会と協議することでしたので,その全てが認められた形になりました.個人の立場であっても,当局に対して理路立てて抗議することで施策を改めさせることが出来たことに,手応えを感じるとともに,行動することの重要性を今一度認識しています.今後は,学生自治会と学部が交渉する段階に入ります.学生自治会が,学生の様々な意見を集約しつつ,将来にわたっての学生の権利を擁護する立場で,早急に交渉を行うことが期待されます.

 

 教養学部当局が、今日24日から来週にかけてのタイミングで、唐突に、教室におけるビラの机上配布を、全面的かつ通年で「禁止」しようとしていることが判明しました。23日、学生支援係の担当者が、作成した「ビラ配布禁止」の張り紙とともに、筆者に明らかにしたものです。ビラ配布の禁止は、学生の権利を狭めることにほかなりません。そのうえ、今回は、学生自治団体への事前協議や、事前の広報すら行わないという、この上ない一方的強行です。学部の担当者に直接抗議したほか、下記のビラを有志で発表・配布しました。

PDFはこちら(PDF化の過程で不具合が生じたため、実際に印刷して配布したビラとは細部のデザインが異なっています。)

教室での「ビラ配布全面禁止」 断固抗議します
・教養学部当局が今日24日~来週にも通年規制を強行予定
・学生への事前説明・自治会や学友会への事前協議一切なし 

教養学部生有志
文責:(当ブログ管理者) 

 教養学部当局が、今日24日から来週にかけてのタイミングで、唐突に、教室におけるビラの机上配布を、全面的かつ通年で「禁止」しようとしていることが判明しました。私たち有志は、直ちに当局の担当者に抗議し、引き続き、学生委員長と教務委員長に対して断固抗議することにしています。ここに、学生の皆さんに、問題を明らかにし、対応を呼びかけるものです。

問題点1 学生の正当な権利の侵害
 当局によるビラ配布の「禁止」は、明確に、学生の市民的・政治的自由の侵害です。大学にとって、自由は生命ではないでしょうか。高等学校とは違い、大学が自由な言論空間であるからこそ、学生は、自律的に考え、行動するようになるはずです。また、机上配布ビラは、今なお、大量宣伝および言論活動の主要な手段としての位置を占めており、その禁止は、サークル活動や言論活動の縮小をもたらします。
 今回、学部当局がビラ配布を「禁止」する理由としては、講義環境の改善と、清掃作業の効率化があると考えられます。しかし、ビラ配布が、学生の権利だと考えるならば、実務的な理由がいくらあろうとも、安易にそれを禁止できないのは当然のことです。ここにおいて、当局が持ち出しているのは、「管理の論理」に他なりません。管理者にとって邪魔になるものは、全て、規制の対象とされてしまいます。ここで、「ビラ配布禁止」を許してしまえば、駒場キャンパスに「管理の論理」を導入することになり、次は学生用掲示板の許可制、その次は立て看板の許可制と進み、学内での集会・集合の禁止にまで行き着くのにそう時間はかからないでしょう。過去問の利用やシケプリに対して恫喝的な言葉を用いて「注意喚起」した4月19日付の文書は、この動きのはしりに他なりません。実際に、早稲田大学や中央大学などの伝統ある私学でも、すでに、ビラや集会が禁止されていたり、立て看板が許可制になっていたりしています。東大本郷キャンパスも、すでに、ビラ・立て看板が事実上禁止されています。

問題点2 学生無視の一方的な決め方
 今回の「ビラ配布禁止」は、学生側への事前の説明や協議を一切抜きに、抜き打ち的に強行されようとしています。
 そもそも、講義環境の改善や清掃作業の効率化と、ビラ配布との問題については、学部と学生との間で協議を交えながら、学生が自主的にルールを定めて、その両立を図っていくことは十分可能です。たとえば、配布したビラは配布団体の責任で当日中に回収することになっている大学もありますし(日本福祉大、一橋大など)、ビラ配布を朝の時間帯だけに限定したり、「絨毯撒き」(全席に敷き詰めるようにして撒くこと)やその他迷惑とされる撒き方を取りやめたりすることもできます。学生の自主的なルール設定という選択肢を無視して、最初から、一律にビラ配布を「禁止」してしまうのは、あまりにも乱暴な行為です。(ただし、学生の自主規制が、当局による規制の下請けに転化してしまうという例も他大学で散見されます。真に自主的な規制にするためには、当局による規制を許さないという学生の明確な意志が重要になってきます。)
 また、当局は、「ビラ配布禁止」について、今に至るも、学生自治会や学友会に対して事前協議を行っていないのはもちろん、通告も行っていません。そのうえ、学生一般に対する一方的説明すら行っていません。当事者である学生の意見を一切聞こうとせず、かつ、事前に知らせる事すらしない――これ以上一方的なやり方があるでしょうか。こうしたやり方は、学生の大学運営への参加の権利を一切否定するものです。学生の中にも、ビラの配布や当局による規制について、様々な意見が存在しています。しかし、当局が、私たち当事者の声を一切聞かずに、一方的に規制を導入するのは、意見の相違を超え、全ての学生にとって、大きな問題だと考えます。

「多すぎるビラ」と「配布禁止」は別次元の問題
 「ビラが多すぎて邪魔」という声も、学生の間に多く存在しています。私たちの中にも、教室の利用の妨げになるほどビラが氾濫している状況を、良いとは思っていない者がいます。2年前には、環境問題を研究するサークルの一部門が、ビラの訴求力について調査し、その成果を踏まえて、ビラの減量とサイズ縮小を主張したこともあります。しかし、「ビラが多すぎるから、禁止してよい」というのは間違っていると考えます。多すぎるビラは、配布団体と受け取り手の学生の間で解決するべき次元の問題だと考えるからです。ビラが多すぎて迷惑だと考えるなら、まず、発行元にビラを減らすよう意見したり、あるいは、自分の所属する団体がビラを減量したりするのが筋でしょう。あるいは、学生間で是非を議論の上、ビラの配布が集中する新歓期にのみ、新歓活動を主管する自治団体等による量的規制を導入するという選択肢もあり得ます。立て看板ではすでに同様の規制が形成されています。
 他方、当局によるビラの禁止は、そもそも、ビラの多少を問題にしておらず、学生の権利の否定にほかなりません。「多すぎるビラ」を改善することと、当局が一律に禁止することとは、全く別次元の問題です。重ねて申し上げますが、私たちも、ビラの氾濫状況に問題意識を持っています。東大の学生の中でも、ビラが多すぎて迷惑だと思ったことがない人はあまりいないでしょう。しかし、それでも、教養学部当局による「ビラ配布禁止」には、断固として反対するべきです。

堂々とビラを配布し続けよう 
 ところで、今回の「ビラ配布禁止」は、当局による「観測気球」という側面もあると考えています。なぜなら、当局が、本当に、厳格にビラの配布を禁止しようと考えるなら、事前に、様々な理由を挙げた説明文を発表し、学生に宣伝するだろうと思われるからです。ところが、現在、当局が予定しているのは、各教室に「ビラ配布禁止」という張り紙を張ることだけなのです。また、実効的な「措置」も発表されていません。私たちの調査の限りでは、教授会や各種委員会を正式に通過させたことは確認されておらず、学内諸規定としての効力もほとんどありません。現時点では、「ビラ配布禁止」は、強制力のない空文であり、当局が「ビラ配布を禁止してみた」というレベルのものにすぎず、当局は、学生側の反応を見極めようとしていると考えられます。ここで、各サークル・団体が、遠慮することなく、堂々とビラを配布し続けることで、「ビラ配布禁止」を死文化させることが、ビラ配布の権利を擁護するうえで有効な手段だと考えます。警備員の方や清掃作業員の方が、なんらかの指示をしてくることもあり得ると思います。その場合は、一旦は場所を改めて配布を続け、そのうえで、学生支援係の窓口に抗議することを呼びかけます(警備員の方や清掃作業員の方は、学部当局の指示に従っているだけです)。先述のとおり、私たちも、すでに、学生支援係の担当者に抗議をしています。逆に、ここで学生が、「ビラ配布禁止」を真に受けてビラ配布をやめてしまえば、「張り紙一枚で学生を従わせられる」という先例を教養学部当局に与えてしまうことになるでしょう。それは、「管理の論理」の浸透の入口にほかなりません。

※4月19日付教養学部文書について
 教養学部当局は、先月19日付で、「過去問等無断掲載Webサイトについて(注意喚起)」と題した文書を発出しました。過去問等の公開は著作権の侵害に当たると指摘し、また、シケプリについては、「自ら考えて勉学する機会を損ねるものである」との認識を示したうえで、「Webサイト管理者に対して、厳重に抗議していく」としました。これに対し、Twitter上では、自らの授業内容について無反省だ、との強い批判が学生から上がりました。

過去問やシケプリで対策されてしまって公正な試験ができなくなる程度の問題しか作成できない方が悪い(@yosfuk1112)
正直言ってシケプリを一時間読むだけで単位どころか優までありうる講義が存在するこの現状で「シケプリは学生の皆さんが自ら考えて勉学する機会を損ねる」とか言ってんの笑止千万でしょ(@tempest_plus_)
シケプリが優秀ならシケプリを超える講義をすればいいんじゃないの(@__min_cs__)

 著作権法違反は親告罪であり、この場合、当局が学生を告訴してはじめて、問題化します。それでは、東大当局が、社会から嘲笑を受けるリスクを冒してまで、過去問を交換している学生を刑事告訴するということが現実にあり得るのでしょうか。大げさな言葉を用いて、学生を恫喝しているにすぎません。シケプリ批判に至っては、筋違いも甚だしく、かつ、当局と学生との関係は、単位認定など学修の面以外においては、一般の市民的・社会的関係にほかならず、学生によるシケプリ作成を規制できる権利は当局には存在していません。今年度に入ってからの教養学部当局は、学生に対する高圧的姿勢が際立っており、4月19日付文書と、「ビラ配布禁止」は、いずれも、一連の流れを形成しているのです。


学部当局者に対する抗議文は以下の通りです。
2013年5月24日
学生委員長 豊島陽子 殿
教務委員長 中澤恒子 殿
広域科学科人文地理分科4年 (当ブログ管理者)
  理  科  一  類 1年 (管理者の判断で削除)
抗 議 文
 教室におけるビラの机上配布を「禁止」することに断固抗議します。
 大学においても、学生の市民的・政治的自由が保障されるべきであるのは当然で、ビラ配布の禁止はその侵害となります。講義環境の美化などを名目として、安易に規制するべきではないと考えます。机上配布ビラは、今なお、大学において、大量宣伝および言論活動の主要な手段としての位置を占めており、その禁止は、本学部の学生の自主的なサークル活動や、学生の言論活動を大きく縮小させるものです。
 また、今回の規制の決め方そのものも、学生を無視した一方的なものであり、大きな問題をはらんでいます。そもそも、ビラ配布と講義環境との問題については、学部と学生との間で協議して、状況の改善を目指す余地が十分に存在しています。そうした努力をせず、一律で「禁止」するのは誠に乱暴な挙と言わざるをえません。また、学生自治会、学友会、オリエンテーション委員会などの学生自治団体とも事前協議を行っていないうえ、そもそも、学生側に事前に説明すらせず、突然「禁止」しようとしています。こうした重大な規制の導入について、当事者である学生の意見を一切聞き入れない姿勢は、一方的との誹りを免れないうえ、それ自体、学生の理解を得られないことを自ら認識していることを示しています。
 一方的な手続きしか踏んでいない「ビラ配布禁止」規制の導入を即刻中止し、学生側と誠実に協議することを強く要求します。その上で、「ビラ配布禁止」を撤回し、将来的にも、ビラの配布に規制を加えないことを求めます。
過去問の利用やシケプリに対して恫喝的な言葉を用いて「注意喚起」した4月19日付の文書や、今回の一方的なビラ配布禁止をきっかけにして、なし崩し的に、学生の自主的活動に対して規制や圧力を加える動きが続くようであれば、引き続き厳重に抗議していくものです。

 以前も言及したのですが,東大教養自治会の全学連脱退という到達点を将来にわたって伝えることをめざして,昨年暮れから今年始にかけて作業を進め,一連の関係資料をまとめた冊子を制作しました。およそ90点の資料からなる200ページほどのものになったので,あいにく,ネット上では公開できませんが,目録だけ公開したいと思います。日誌としての機能も果たすものですので,参考になるかと思います。
 これをまとめたのは私の個人的作業によるものですが,私としては,「全学連脱退の到達点を確認する」という意味を込めて,現在の学生自治会理事会が発行するのがふさわしいと考え,資料集を発行するのであれば原稿および諸権利を無条件で譲渡するので積極的に検討して欲しい,と理事会に伝えました。しかし,2ヶ月経っても返事が無く,結局,私の個人的な成果物となりそうです。今後,各自治団体や一部図書館への寄贈を考えています。一般の方への頒布は検討中です。
 今後も,断続的に論じていきますが,正直言って,現在の自治会役員(の大半)は,全学連脱退の意義と自治会改革の理念を理解できなかったようです。学生自治会にまつわる「無関心と無知」という構造的問題はいまだ解決されておらず,自覚的学生による改革の取り組みの継続が望まれます。その上でも,この資料集が将来にわたって役割を果たすことを心から期待するものです。

東大教養自治会の全学連脱退に関する資料集の目録はこちら↓
91点の資料の目録です。ぜひご覧ください。
(Google docs で開きます) 

目次はこちら

今回は,全学連の周辺で非党員が多く活動していることと,その非党員の関係者が,全学連と共産党,そして一般学生との関係において,非常に複雑な役割を担っていることについて述べます。このことを理解せずして,現在の全学連,そして傘下自治会の動きを正確に認識できないと言っても過言ではありません。ぜひ,多くの方に,全学連の周辺で活動する非党員の学生の存在について知ってほしいと思います。

「非党員の全学連関係者」の問題をまとめると…
・党員の減少を補うために,自治会現場で多くの非党員が活動している。
・そのうちの大部分は,自治会が結局共産党系であることを感じ取って辞めていく。
・しかし,一部分は,そのまま自治会の活動を続け,全学連・地方学連の役員を務める者も少なくない。
・党員が委員長を務めることにより,党は,学連や自治会における指導性を確立する。
・自治会・全学連内部の党員は,党からの指示を,それとわからないように巧妙に提案し,非党員の賛同を得る。
・こうして,非党員は,共産党の指導は入っていないと完全に思い込まされる。
・全学連の党派性を批判する者が出現すると,非党員の学連役員は,自分たちは党派性はないと信じ込んでいるので,「全学連=共産党は事実無根のデマ」と主張して,党員よりも率先して学連,そして結果的に共産党を防衛する。その過程では,共産党のやり方そのままの党派的手段も平気で執るなど,客観的に見れば,共産党別働隊の役割を果たすことになる。
・全学連が党派的だというのは,すこしでも一般社会の論理をしてみればすぐにわかること。それくらいの真理も認識しようとしない非党員学連役員は,果たして,単に,党派に利用された被害者として免罪されるのか?
・彼らが,全学連の党派性を認めようとしない背景は,たんなる善意だけではない。彼ら自身が,「全学連・自治会の活動の目的化」「共産党式の自治会論の受容」「活動の居場所性」などを通して,共産党員とまったく変わりない「全学連セクト主義」を身につけている。
・以上を考えれば,共産党だけでなく,非党員を含めた全学連・都学連そのものにも問題があった。

■全学連,特に都学連においては,非党員が活動の多くを担っている
 全学連・都学連というと,役員はすべて党員でかためていると思われがちです。また,結集している自治会も,ほとんどが,党の指導下にあると思われがちです。しかし,事実は異なり,もっと複雑です。実際には,学生党員の減少が止まらず,現在では,どうがんばっても,全学連・都学連の役員と,傘下自治会の役員を,すべて学生党員でそろえることは不可能になってきています。傘下自治会の中には,そのまま活動を縮小するところもありますが,多くの自治会では,おのずと,非党員の学生が徐々に役員に占める率が高まっており,中には,党員がいなくなり,非党員だけで運営している自治会も少なくありません。こうした中,全学連は基本的に全役員を党員で占めていますが,都学連は,党員のいる大学が東大だけになり,大体8人程度いる役員のうち,党員が2名ほど,残りはすべて非党員という状態になっています。
 こうした中で,特に,都学連においては,役員のほとんどを非党員が占め,かつ,傘下4自治会のうち3自治会(東京学芸大,東京農工大農学部,東京経済大)までもが,党員不在自治会となっています。都学連の各種行事の参加者は,圧倒的に非党員の数が多くなっています。都学連書記局の活動も,非党員が献身的に取り組んでおり,たとえば,昨年新装公開された都学連のHPも,学芸大出身の非党員の役員が制作していると思われます。
 これら,非党員の学連役員・自治会役員(非党員の学連関係者と総称しておきます)は,全学連・学生自治会の活動についてどう思っているのでしょうか。彼らは,善意から,全学連の要求実現運動に強い信頼を抱いています。学園の自治会も,全学連の呼びかけに呼応して,署名活動を実施したり,学生大会で決議を挙げるべきだと考えています。つまり,共産党の指導下にはないが,全学連式の自治会運動に強いシンパシーを感じているのです。共産党系自治会ではなく,「共産党の指導下にない共産党式自治会」が,全学連にシンパシーを感じる非党員の自治会役員の手によって,運営されているのが,一部大学の自治会の姿なのです。端的に言えば,党員でない,ということを除いては,彼らは,全学連や傘下自治会の党員役員とまったくと言っていいほど同じメンタリティで活動しているのです。いわば,非党員の「全学連活動家」とでもいうべき状態なのです。
 余談ながら,非党員の「全学連活動家」によって担われている「共産党式自治会」の活動実態は,ほんとうに,共産党系自治会のそれと酷似しています。政治優位の考え方,実務の軽視,活動報酬に対する潔癖(活動家主義),「民主主義主義」(規約手続の絶対化を中心とする官僚主義),広報の遅れ,などなど。私は,これは,非党員でありながら,全学連を強く信頼するあまり,「全学連派」というべき党派性を身につけ,学生から遊離してしまった結果であり,それは,「共産党」が「全学連」に入れ替わっただけで,学生党員と相似形だと思っています。

■一部の非党員の学連役員・自治会役員が陥った誤り
 非党員の学連関係者の方々は,全学連支持という党派性を有してはいましたが,全学連の後ろにちらつく共産党の影に不快感を抱いている人がほとんどでした。彼らは,全学連や学生自治会が,特定党派の影響下にあってはならないという点で,認識は一致していました。ただし,彼らは,全学連の,党派性を糊塗する公式見解――「全学連・学生自治会は,思想信条の違いを前提に,一致した要求で団結する組織」「共産党員がいることを問題視することは,思想排除につながる」――を,額面通り受け取り,共産党には嫌悪感を抱きつつも,共産党員とは団結するべきだと考えていました。しかし,彼らの一部が決定的に誤っていたのは,「現に全学連・都学連は共産党の組織的影響下にはない」と認識してしまったことです。いわば,現実を直視せず,理想を現実にあてはめてしまったのです。もちろん,そう考えるのも無理はありません。自分たちの学園の自治会は非党員で運営しています。その自負もあります。共産党は,党員を通して党の方針を現場に下ろすにあたって,組織的関与を非党員に対しては巧妙に隠すので,非党員には,党による指導や介入を認識する術はありませんでした。なにより,非党員である自分たちが学連役員を務めていること自体が,学連が共産党の影響下にない証拠だと考えることも出来ました。
 しかし,少しでも視野を広げ,かつ,過去の全学連と傘下自治会の歴史をひもとけば,現在の全学連も共産党の影響下にあることは容易に認識できたはずです。

■率先して学連を防衛し,東大教養自治会と敵対する非党員活動家。それを利用する共産党
 2012年1月,東大教養自治会執行部は,新フェスからの撤退と全学連脱退を含む,自治会改革の方向を打ち出しました。このとき,少なくない非党員の学連関係者OPや自治会OPが,「やっぱり全学連は共産党の影響下にあったのだ。おかしい」と考え,東大教養自治会の脱退を支持する側に回りました。しかし,逆に,「現に全学連は共産党の影響下にない」と固く信じていた非党員の学連関係者には,東大教養自治会が全学連に「共産党系」とレッテル貼りをして攻撃していると写り,逆に東大教養自治会と厳しく敵対するにいたります。このことが,東大教養自治会の全学連脱退を複雑化させました。「東大教養自治会v.s.共産党」という単純な対決構図ではなく,「東大教養自治会v.s.共産党・非党員の学連関係者」という1対2の構図となったのです。ここにおいて,共産党と,非党員の学連関係者の関係も複雑なものでした。非党員の学連関係者は,ひきつづき,共産党が組織的に学連に影響を与えることをよしとはしておらず,組織としての共産党には嫌悪感を持っていました。しかし,現場の党員活動家とは「思想信条を超えて」原則を固く信じる立場から,団結することになります。非党員の学連関係者からすれば,「共産党は嫌いだが,あなた方が党員であることはこの際問わない。全学連を守るために力を合わせる」ということになっていたものと思われます。一見まっとうな姿勢に見えますが,結局,学連に対する共産党の組織的影響を直視しない点で,不合理な姿勢だったのではないでしょうか。
 非党員の学連関係者は,東大教養自治会の全学連脱退について,非常に歪んだ見方をしていました。ある都学連役員(非党員)は,「何ろくが共産党に対する不満を爆発させたらしいね」といった旨発言をしていました。要は,真面目に活動している自分たち(非党員の全学連役員)を差し置いて,共産党離党者が,自治会を利用して反共産党運動をしているに過ぎないと見ていたのです。彼らの中では,自分たちこそが学生の立場に立っており,全学連を批判する者は元共産党員で反共産党の党派主義者だという,認識の倒錯が起こっていたのです。
こうした見方は,結局は,共産党を免罪し,東大教養自治会の全学連脱退の意義を根本的に否定するものでしかなく,社会の支持を得ることは出来ませんでした。また,私が告発した党派介入の事実に対しては,「党派の指示を実行した何ろくこそ悪い」と,共産党の指導・介入は不問にし,逆に私を党派介入の最大の犯人だとしたのです。その立場に立てば,私は,自分から党の指導を自治会に引き入れつつ,共産党との関係が悪くなると,自分勝手に自治会を利用して反共産党運動をはじめた人物,と映ったことでしょう。これもまた,共産党を免罪する議論ですし,過去にわたって自治会に共産党色がついていたことを少しでも直視していれば,成り立たない議論であったはずです。
 2012年3月末,東大教養自治会常任委員会が全学連脱退と新フェス撤退を決定するに至り,非党員の学連関係者はいよいよ怒ります。「駒場自治会が土下座して謝るまで追い込む」と気勢を上げたそうです。このとき,全学連内部の学生党員は,かなり疲弊した姿だったそうです。自分たちに後ろめたいことがあり,それを私たちに暴露されてしまったことの重大さを認識していたからでしょう。そうしたときに,後ろめたいことが一切無い非党員の役員の方が,積極的に,学連を防衛する立場に立つという,不思議な状態が生起したのです。
 まず,新フェス実行委員会が,東大教養自治会の新フェス撤退を批判する文章を発表しました。東京農工大学農学部学生会からは抗議文が届きます。非党員の都学連役員の方は,東大教養自治会に対して抗議文を発表し,駒場キャンパスの学生用掲示板に大量に掲示する手段に出ました。東大生を装ったツイッターアカウントを使って,私に対して鎌をかけるというアンフェアな行為にも出ました。非党員でありながら,ここにおいて示したその非人間的党派性に憤りと哀れみを覚えます。(@nanchararin1234

 @nanchararin1234について これをやったのは,東京学芸大学教育学部在籍の都学連副委員長です。最初の方のツイートを見ると,巧妙に,東大生であることをアピールしていることがわかります。その後,こいつから私に,中立的な立場を装って絡んできます。中立を装いつつ,活動補償費に疑問を呈していますが,非党員の学連関係者は活動補償費の導入に猛烈に反対していました。その後,流れで,本物の東大生の@kito1214氏と,@nanchararin1234を交えながら議論することになるのですが,「では,いまから食堂で直接会って話をしよう」という話になった瞬間に,@nanchararin1234は雲隠れします。この姑息さを持っておきながら「学生の要求実現」などと叫ぶのはシラジラしいにもほどがあります。彼らは,共産党員と同じく,本気で学生のために活動しているのではなく,自分たちの党派的自己満足のために活動をしているに過ぎないことを,こうした不誠実な行動からうかがえます。

 都学連から「刺客」も送り込まれました。東大に,都学連の活動経験者が入学したのです。その人は,代議員大会でも,都学連の活動に参加したことがあるという経歴を隠して,発言をしていました。
 立場を隠してネット上で発言し,学生の議論を混乱させるという謀略的手段もとりました。彼らは,当然ながら,確たる証拠を残さず,また,巧妙に立場を偽装するため,東大教養自治会側としては,非常に難しい対応を迫られました。平気で政治的レッテル貼りをする党派的時代ならともかく,新生自治会執行部は,政治的に誠実であろうと努力していたこともあり,なおのこと,謀略的手段への対応は難しいものでした。ネット上でのストーキング行為もありました。こうした中,五十嵐委員長が精神を病み,職を一時的に休むという,深刻な結果がもたらされました。政治的にフェアな批判ではなく,不誠実で謀略的な手段をとり,学生を傷つけた責任は重いものです。彼らの,ネット上での粘着質で良く仕組まれた書き込みを見ると,平常心ではとても書けない内容だと思わざるを得ません。これらは,悪意ではなく,肥大化した善意が為させた行動でしょう。悪意には限界があります。人間の善意が暴走すると,とどまるところを知らず,人に刃を向けることもあります。
 共産党は,こうした非党員の学連関係者の動きを巧妙に利用しました。共産党東京都委員会が,筋違いにも私を批判した文書のなかに,次のような一節があります。
 そして,なによりも重要なのは,学生自治会の方針は,正規の機関である常任委員会,自治委員会,代議員大会などで,みなで議論して決めてきたことではないでしょうか。そのことは,自治会執行部の一員として活動してきた方もはっきりと述べておられます。「当時の副自治委員長・書記長として,私たちの代において,学外党派による指導と介入などありませんでした。執行部一人ひとりは特定党派の党員であるかないかにかかわらず,みなで議論をつくして活動してきたと,特定党派の党員ではない身として,改めて言及しておこうと思います」(6月6日付のチラシ)
 まさに,非党員の都学連役員の方が発表した自治会に対する抗議文を都合良く切り取って,自らの主張を補強するのに利用しているのです。

■責任はいずこにあるか
 一言で言えば,東大教養自治会と敵対した,非党員の学連関係者は,共産党の組織的介入の実態が共産党によって隠されていたため認識する機会を与えられず,共産党に利用されてしまったと言えます。本来であれば,非党員の学連関係者こそ,東大教養自治会の全学連脱退提案をチャンスにして,共産党を攻め,全学連を脱党派化の方向に進めることもできたのに,両者が分断・敵対させられ,非党員の全学連役員が党に利用される構図になってしまったのは,ひとえに残念と言うほかありません。非党員の全学連役員の方々が,そもそも全学連・学生自治会に関わり始めたきっかけは,「学生の思い・願いを実現したい」「学生の経済的負担を軽減したい」などの善意です。「学生の要求実現」を掲げて,夜遅くまで,無私に活動に取り組む姿には,私も敬意を表するものです。
 しかし,非党員の学連関係者の方々にも責任があると指摘せざるを得ません。全学連が,歴史的にも,現在においても,共産党の影響下にあることは,少しでも視野を広げ,一般社会の視点から見れば,おのずとわかることです。東京経済大学学生会執行部は東大教養自治会より1年早く,全学連脱退を決めました(学生大会での決定は2012年6月のこと)。東大教養自治会の全学連脱退にあたっては,多くの非党員の元自治会関係者や,他の大学の自治会関係者が,支援をしました。その中には,数年前の全学連中執の方も含まれていました。これらを見てもなお,全学連・学生自治会に共産党の影響が無いと信じていられるのでしょうか。
 僭越ながら,東大教養自治会の全学連・都学連脱退にあたって,非党員の学連関係者はどのように動くべきだったのでしょうか。私は,彼らこそ,東大教養自治会と共同して,全学連・都学連の非党派化をはかるべきだったと思います。共産党にとってもっとも都合の悪い,介入の実態は,私や複数の党員経験者が,内部向け文書で非常に詳細に明らかにしており,これを彼らも入手していました。しかし,彼らは,これを,「何ろく個人が共産党の指導を引き入れた」と共産党の組織的責任を免罪する議論に終始し,あくまで学連を「信用」し,防衛しようとしました。客観的に見れば,彼らにとって,東大教養自治会の全学連脱退は,学連の実態を直視せず,学連の非党派化をはかる決断を避け,党派的活動にしがみついた結果にほかならないのです。
 現在,全学連役員や都学連役員の多くが,非党員によって占められています。彼らは,基本的に, いまでも,全学連の活動は正しいと信じています。しかし,遠からず,全学連の活動,「共産党式自治会」の活動がいかに虚しいものであるかを認識することになるはずです。そうしたときに,党と非党員との矛盾が改めてあらわになることでしょう。それは,3月の全学連大会までに起こるかも知れませんし,もしかすると,全学連が消滅した後になるかもしれません。僭越ながら,一刻も早く,非党員の自治会関係者の間で,全学連への幻想が消えることを望むものです。いまだに,全学連の活動が正しいと信じられる方がおかしいです。
 また,今回の東大教養自治会をめぐる政治的事件で,東大教養自治会と敵対した,非党員の学連関係者の方々が,善意で活動してきたことに敬意を表しますが,ご自分たちが幻を信じていたことに気づき,虚しい思いをするのは時間の問題でしょう。
 今回の政治的事件において,非党員の学連関係者との関係においては,ほんとうに,後味の悪い思いをすることとなりました。

 ところで,彼らは,学生との間の矛盾を私一人に被せて心の平穏を得ようとしており,いまだに,私に対して非常に強い恨みを持っています。 こうした記事を発表した以上,当面の間,ツイッター上や当ブログなどで,彼らが,またも正体を巧妙に隠して策を弄することでしょう。騙されないよう,みなさんに警戒を呼びかけます。特に,彼らは,表面的には反共産党を装ってくるのが特徴です。
 当事者の方々へ。そんなに自分たちの主張に自信があって反論したいなら,少なくとも,立場を明らかにしてはどうですか?それで広範な学生や社会に受け入れられないなら,それが真理です。あきらめて,認識を改めてください。

 党派的活動に取り込まれてしまった一般人の問題は,一般的課題でもあると思います。こちらの3番目のコメントなんか,取り込まれてしまい結果的に共産党防衛隊になってしまっている一般参加者の典型例でしょう(ただ,私は,この人は以前からの当ブログの愛読者wであると見ていますが)。3月はいよいよ全学連大会。中執にも複数の非党員がいます。さて,どうなるのでしょうか?実態のない「全学連」にしがみつくか,真に広範な学生の立場に立つか,選択が問われています。

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全学連の加盟・結集校を述べる上で,避けて通れないのが「権利停止」です。全学連の加盟自治回数は100を超えますが,そのうち,実際に結集しているのは,前回見たように,ほんの一握りです。このままでは,全学連大会などが成立しません(代議員定数が大きすぎて,実際の出席代議員数では過半数に至らない)。そのため,全学連では,大会を成立させるために,機能停止した自治会等については,積極的に「権利停止」をすることにより,代議員選出権を凍結し,代議員定数を減らしてきました。

 ところで,2012年3月の全学連大会では,さらに出席代議員数が減ったためか,権利停止の基準が大幅に緩和される改定がありました。 

■権利停止の基準1(2004年3月の第55期定期全国大会で決定)
1 執行部がない。
2 過去3年間,代議員を大会に派遣できていない。
3 加盟分担金が過去3年間納められていない。
 以上の3基準を満たす加盟自治会について,実質的に機能が停止した自治会として特別提案として権利停止の措置を取れる。

■権利停止の基準2(2012年3月の第63回定期全国大会で決定・新規追加)
1 中央執行委員会の努力にもかかわらず,規約第6条に定める加盟学園の義務を果たす意思が確認できない。
(加盟学園の義務=A.規約,連合の目的をまもる努力をする B.活動を全国大会,中央委員会,中央執行委員会に報告する C.分担金を納める) 
2 過去5年間,代議員を大会に派遣できていない。
3 加盟分担金が過去5年間納められていない。

■停止解除などに関する基準
 権利停止中の自治会について,代議員登録の意志や加盟分担金の納入が確認された場合は,中央執行委員会の決定によって権利停止を解除する。


 権利停止基準1と2の関係は明らかにされていませんが,それぞれ別個にどちらかに当てはまった場合(ORの関係)に権利停止にできると解釈するのが妥当だと思います。旧権利停止基準(権利停止の基準1)では,機能停止した自治会を代議委員数から除外できても,「未結集校」は除外できませんでした。新たに追加された権利停止の基準2は,学内的に機能はしているが,全学連・地方学連には結集していない自治会を代議員数から除外できるようにするためでしょう。
 興味深いことがあります。早速2012年3月の全国大会で,新基準を用いて16自治会を権利停止したそうですが,逆に言えば,この16自治会は,機能が存続しているということになります。全学連結集校よりも多いのは置いておいて,今後の,学生自治会の新しい交流ネットワークをつくるうえで母体になる可能性があるでしょう。以下,列記しておきます。

札幌学院大学(法学部,人文学部) 
名寄市立大学
福島大学(人文社会学群人間発達文化学類) 
お茶の水女子大学

 お茶大に2011年度に新しく民青に加盟した人がいて,その人を利用して自治会を「民主化」するとか党のほうで言っていましたね。お茶大の自治会関係者の皆さんはご留意ください。まあ,熱心な学生党員が3人くらいいないと「民主化」は無理だと思いますが。
一橋大学
 政治活動の禁止を規約に盛り込んでいますね。おそらく,強い反セクトの意志があったのでしょう。経緯を知りたいものです。ただ,政治活動の禁止を規約に盛り込むこと自体について,私は否定的です。まあ,セクト支配の反動には違いありません。
早稲田大学(法学部)
 全学連を脱退したという説がありますが,それは誤りで,籍だけは残っています。 以前の拠点大学ですね。
名古屋大学(理学部)
京都教育大学
奈良教育大学
大阪経済法科大学
千代田短期大学
四国学院大学
高知大学(人文学部,教育学部,理学部)

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