某A氏の資料庫

私見をまとめた雑文と,東大の学内政治風波に関する資料を置いています。東大駒場キャンパスの片隅から。

タグ: 駒場

 教養学部当局が、今日24日から来週にかけてのタイミングで、唐突に、教室におけるビラの机上配布を、全面的かつ通年で「禁止」しようとしていることが判明しました。23日、学生支援係の担当者が、作成した「ビラ配布禁止」の張り紙とともに、筆者に明らかにしたものです。ビラ配布の禁止は、学生の権利を狭めることにほかなりません。そのうえ、今回は、学生自治団体への事前協議や、事前の広報すら行わないという、この上ない一方的強行です。学部の担当者に直接抗議したほか、下記のビラを有志で発表・配布しました。

PDFはこちら(PDF化の過程で不具合が生じたため、実際に印刷して配布したビラとは細部のデザインが異なっています。)

教室での「ビラ配布全面禁止」 断固抗議します
・教養学部当局が今日24日~来週にも通年規制を強行予定
・学生への事前説明・自治会や学友会への事前協議一切なし 

教養学部生有志
文責:(当ブログ管理者) 

 教養学部当局が、今日24日から来週にかけてのタイミングで、唐突に、教室におけるビラの机上配布を、全面的かつ通年で「禁止」しようとしていることが判明しました。私たち有志は、直ちに当局の担当者に抗議し、引き続き、学生委員長と教務委員長に対して断固抗議することにしています。ここに、学生の皆さんに、問題を明らかにし、対応を呼びかけるものです。

問題点1 学生の正当な権利の侵害
 当局によるビラ配布の「禁止」は、明確に、学生の市民的・政治的自由の侵害です。大学にとって、自由は生命ではないでしょうか。高等学校とは違い、大学が自由な言論空間であるからこそ、学生は、自律的に考え、行動するようになるはずです。また、机上配布ビラは、今なお、大量宣伝および言論活動の主要な手段としての位置を占めており、その禁止は、サークル活動や言論活動の縮小をもたらします。
 今回、学部当局がビラ配布を「禁止」する理由としては、講義環境の改善と、清掃作業の効率化があると考えられます。しかし、ビラ配布が、学生の権利だと考えるならば、実務的な理由がいくらあろうとも、安易にそれを禁止できないのは当然のことです。ここにおいて、当局が持ち出しているのは、「管理の論理」に他なりません。管理者にとって邪魔になるものは、全て、規制の対象とされてしまいます。ここで、「ビラ配布禁止」を許してしまえば、駒場キャンパスに「管理の論理」を導入することになり、次は学生用掲示板の許可制、その次は立て看板の許可制と進み、学内での集会・集合の禁止にまで行き着くのにそう時間はかからないでしょう。過去問の利用やシケプリに対して恫喝的な言葉を用いて「注意喚起」した4月19日付の文書は、この動きのはしりに他なりません。実際に、早稲田大学や中央大学などの伝統ある私学でも、すでに、ビラや集会が禁止されていたり、立て看板が許可制になっていたりしています。東大本郷キャンパスも、すでに、ビラ・立て看板が事実上禁止されています。

問題点2 学生無視の一方的な決め方
 今回の「ビラ配布禁止」は、学生側への事前の説明や協議を一切抜きに、抜き打ち的に強行されようとしています。
 そもそも、講義環境の改善や清掃作業の効率化と、ビラ配布との問題については、学部と学生との間で協議を交えながら、学生が自主的にルールを定めて、その両立を図っていくことは十分可能です。たとえば、配布したビラは配布団体の責任で当日中に回収することになっている大学もありますし(日本福祉大、一橋大など)、ビラ配布を朝の時間帯だけに限定したり、「絨毯撒き」(全席に敷き詰めるようにして撒くこと)やその他迷惑とされる撒き方を取りやめたりすることもできます。学生の自主的なルール設定という選択肢を無視して、最初から、一律にビラ配布を「禁止」してしまうのは、あまりにも乱暴な行為です。(ただし、学生の自主規制が、当局による規制の下請けに転化してしまうという例も他大学で散見されます。真に自主的な規制にするためには、当局による規制を許さないという学生の明確な意志が重要になってきます。)
 また、当局は、「ビラ配布禁止」について、今に至るも、学生自治会や学友会に対して事前協議を行っていないのはもちろん、通告も行っていません。そのうえ、学生一般に対する一方的説明すら行っていません。当事者である学生の意見を一切聞こうとせず、かつ、事前に知らせる事すらしない――これ以上一方的なやり方があるでしょうか。こうしたやり方は、学生の大学運営への参加の権利を一切否定するものです。学生の中にも、ビラの配布や当局による規制について、様々な意見が存在しています。しかし、当局が、私たち当事者の声を一切聞かずに、一方的に規制を導入するのは、意見の相違を超え、全ての学生にとって、大きな問題だと考えます。

「多すぎるビラ」と「配布禁止」は別次元の問題
 「ビラが多すぎて邪魔」という声も、学生の間に多く存在しています。私たちの中にも、教室の利用の妨げになるほどビラが氾濫している状況を、良いとは思っていない者がいます。2年前には、環境問題を研究するサークルの一部門が、ビラの訴求力について調査し、その成果を踏まえて、ビラの減量とサイズ縮小を主張したこともあります。しかし、「ビラが多すぎるから、禁止してよい」というのは間違っていると考えます。多すぎるビラは、配布団体と受け取り手の学生の間で解決するべき次元の問題だと考えるからです。ビラが多すぎて迷惑だと考えるなら、まず、発行元にビラを減らすよう意見したり、あるいは、自分の所属する団体がビラを減量したりするのが筋でしょう。あるいは、学生間で是非を議論の上、ビラの配布が集中する新歓期にのみ、新歓活動を主管する自治団体等による量的規制を導入するという選択肢もあり得ます。立て看板ではすでに同様の規制が形成されています。
 他方、当局によるビラの禁止は、そもそも、ビラの多少を問題にしておらず、学生の権利の否定にほかなりません。「多すぎるビラ」を改善することと、当局が一律に禁止することとは、全く別次元の問題です。重ねて申し上げますが、私たちも、ビラの氾濫状況に問題意識を持っています。東大の学生の中でも、ビラが多すぎて迷惑だと思ったことがない人はあまりいないでしょう。しかし、それでも、教養学部当局による「ビラ配布禁止」には、断固として反対するべきです。

堂々とビラを配布し続けよう 
 ところで、今回の「ビラ配布禁止」は、当局による「観測気球」という側面もあると考えています。なぜなら、当局が、本当に、厳格にビラの配布を禁止しようと考えるなら、事前に、様々な理由を挙げた説明文を発表し、学生に宣伝するだろうと思われるからです。ところが、現在、当局が予定しているのは、各教室に「ビラ配布禁止」という張り紙を張ることだけなのです。また、実効的な「措置」も発表されていません。私たちの調査の限りでは、教授会や各種委員会を正式に通過させたことは確認されておらず、学内諸規定としての効力もほとんどありません。現時点では、「ビラ配布禁止」は、強制力のない空文であり、当局が「ビラ配布を禁止してみた」というレベルのものにすぎず、当局は、学生側の反応を見極めようとしていると考えられます。ここで、各サークル・団体が、遠慮することなく、堂々とビラを配布し続けることで、「ビラ配布禁止」を死文化させることが、ビラ配布の権利を擁護するうえで有効な手段だと考えます。警備員の方や清掃作業員の方が、なんらかの指示をしてくることもあり得ると思います。その場合は、一旦は場所を改めて配布を続け、そのうえで、学生支援係の窓口に抗議することを呼びかけます(警備員の方や清掃作業員の方は、学部当局の指示に従っているだけです)。先述のとおり、私たちも、すでに、学生支援係の担当者に抗議をしています。逆に、ここで学生が、「ビラ配布禁止」を真に受けてビラ配布をやめてしまえば、「張り紙一枚で学生を従わせられる」という先例を教養学部当局に与えてしまうことになるでしょう。それは、「管理の論理」の浸透の入口にほかなりません。

※4月19日付教養学部文書について
 教養学部当局は、先月19日付で、「過去問等無断掲載Webサイトについて(注意喚起)」と題した文書を発出しました。過去問等の公開は著作権の侵害に当たると指摘し、また、シケプリについては、「自ら考えて勉学する機会を損ねるものである」との認識を示したうえで、「Webサイト管理者に対して、厳重に抗議していく」としました。これに対し、Twitter上では、自らの授業内容について無反省だ、との強い批判が学生から上がりました。

過去問やシケプリで対策されてしまって公正な試験ができなくなる程度の問題しか作成できない方が悪い(@yosfuk1112)
正直言ってシケプリを一時間読むだけで単位どころか優までありうる講義が存在するこの現状で「シケプリは学生の皆さんが自ら考えて勉学する機会を損ねる」とか言ってんの笑止千万でしょ(@tempest_plus_)
シケプリが優秀ならシケプリを超える講義をすればいいんじゃないの(@__min_cs__)

 著作権法違反は親告罪であり、この場合、当局が学生を告訴してはじめて、問題化します。それでは、東大当局が、社会から嘲笑を受けるリスクを冒してまで、過去問を交換している学生を刑事告訴するということが現実にあり得るのでしょうか。大げさな言葉を用いて、学生を恫喝しているにすぎません。シケプリ批判に至っては、筋違いも甚だしく、かつ、当局と学生との関係は、単位認定など学修の面以外においては、一般の市民的・社会的関係にほかならず、学生によるシケプリ作成を規制できる権利は当局には存在していません。今年度に入ってからの教養学部当局は、学生に対する高圧的姿勢が際立っており、4月19日付文書と、「ビラ配布禁止」は、いずれも、一連の流れを形成しているのです。


学部当局者に対する抗議文は以下の通りです。
2013年5月24日
学生委員長 豊島陽子 殿
教務委員長 中澤恒子 殿
広域科学科人文地理分科4年 (当ブログ管理者)
  理  科  一  類 1年 (管理者の判断で削除)
抗 議 文
 教室におけるビラの机上配布を「禁止」することに断固抗議します。
 大学においても、学生の市民的・政治的自由が保障されるべきであるのは当然で、ビラ配布の禁止はその侵害となります。講義環境の美化などを名目として、安易に規制するべきではないと考えます。机上配布ビラは、今なお、大学において、大量宣伝および言論活動の主要な手段としての位置を占めており、その禁止は、本学部の学生の自主的なサークル活動や、学生の言論活動を大きく縮小させるものです。
 また、今回の規制の決め方そのものも、学生を無視した一方的なものであり、大きな問題をはらんでいます。そもそも、ビラ配布と講義環境との問題については、学部と学生との間で協議して、状況の改善を目指す余地が十分に存在しています。そうした努力をせず、一律で「禁止」するのは誠に乱暴な挙と言わざるをえません。また、学生自治会、学友会、オリエンテーション委員会などの学生自治団体とも事前協議を行っていないうえ、そもそも、学生側に事前に説明すらせず、突然「禁止」しようとしています。こうした重大な規制の導入について、当事者である学生の意見を一切聞き入れない姿勢は、一方的との誹りを免れないうえ、それ自体、学生の理解を得られないことを自ら認識していることを示しています。
 一方的な手続きしか踏んでいない「ビラ配布禁止」規制の導入を即刻中止し、学生側と誠実に協議することを強く要求します。その上で、「ビラ配布禁止」を撤回し、将来的にも、ビラの配布に規制を加えないことを求めます。
過去問の利用やシケプリに対して恫喝的な言葉を用いて「注意喚起」した4月19日付の文書や、今回の一方的なビラ配布禁止をきっかけにして、なし崩し的に、学生の自主的活動に対して規制や圧力を加える動きが続くようであれば、引き続き厳重に抗議していくものです。

 以前も言及したのですが,東大教養自治会の全学連脱退という到達点を将来にわたって伝えることをめざして,昨年暮れから今年始にかけて作業を進め,一連の関係資料をまとめた冊子を制作しました。およそ90点の資料からなる200ページほどのものになったので,あいにく,ネット上では公開できませんが,目録だけ公開したいと思います。日誌としての機能も果たすものですので,参考になるかと思います。
 これをまとめたのは私の個人的作業によるものですが,私としては,「全学連脱退の到達点を確認する」という意味を込めて,現在の学生自治会理事会が発行するのがふさわしいと考え,資料集を発行するのであれば原稿および諸権利を無条件で譲渡するので積極的に検討して欲しい,と理事会に伝えました。しかし,2ヶ月経っても返事が無く,結局,私の個人的な成果物となりそうです。今後,各自治団体や一部図書館への寄贈を考えています。一般の方への頒布は検討中です。
 今後も,断続的に論じていきますが,正直言って,現在の自治会役員(の大半)は,全学連脱退の意義と自治会改革の理念を理解できなかったようです。学生自治会にまつわる「無関心と無知」という構造的問題はいまだ解決されておらず,自覚的学生による改革の取り組みの継続が望まれます。その上でも,この資料集が将来にわたって役割を果たすことを心から期待するものです。

東大教養自治会の全学連脱退に関する資料集の目録はこちら↓
91点の資料の目録です。ぜひご覧ください。
(Google docs で開きます) 

日本共産党東大教養学部支部委員会,日本民主青年同盟東大教養学部班委員会『東大における反共主義とのたたかい』(1986年,学生新聞社)の目次

 
IMG_0602

 2012年6月に全学連から脱退し,名実共に,特定党派の支配に終止符を打った東京大学教養学部学生自治会ですが,その歴史の中では,一時期,共産党が主導権を失っていた時期がありました。東大紛争前もそうなのですが,それよりも,全学連・学生自治会経験者に深い印象を与えているのが,1984年6月~1985年12月の「七夕・クリスマス」時代でしょう。この時期,自治会選挙において,一般学生によって構成された選対が,共産党系の選対に対して勝つという出来事が起こっていたのです。
 これに対して,共産党は,党派性をむき出しにして対応しました。「民青東大教養学部班」の名前を出して,複数のビラや論文を発表し,学内で撒きまくりました。今回公開するのは,それらの論文を「学生新聞社」がまとめた本「東大における反共主義とのたたかい」です。ところで,この時期は,ちょうど,志位和夫氏が,党中央で青年分野を担当していた時期にあたります。また,2010年時点で,「志位さんが東大担当をしていた」というのは,東大の党組織でよく語られていたことです。おそらく,これらの論文は,実際には,志位和夫氏が執筆したものではないでしょうか?そうしたわけで,「志位和夫委員長の汚れた手(3)」として公開する次第です。

 「七夕・クリスマス」選対の詳細な時期についても記しておきます。
1984年6月選挙 第69期 七夕選対
1984年12月選挙 第70期 クリスマス選対
1985年6月選挙 第71期 紫陽花選対 (~1985年12月)

 googledocsでひらきます。共産党が,大学における共産党批判に対してどのように対応したかがわかる一級資料です。ぜひぜひ,お読みください。

 寸評を加えておきます。まず,「七夕・クリスマス」と原理研が「客観的に見れば共闘関係にある」というのは,<つづく→>続きを読む

「平和研」「青空の会」の部室撤去後,彼らの弁明文が掲示されましたので,見るべき内容は無いのですが,記録のために載せておきます。彼らにしては丁寧な文章なのは,誠実さを演出するためでしょう。表面的なそれに騙されてはいけません。
 また,評議員会での彼らの主張を,出席者から聞き取ったのですが,なんだか,完全に開き直っているという感じでした。確かに,彼らの中では,少なくとも2009年までは,学友会との取引があった以上,「民青が平和研の名前でキャンプラ部室を使って何が悪い」という考えなのでしょう。でも,それ一般学生には通じないよ…。評議員会での主張やこのビラなどで,またしてもいろいろな嘘をついていますが,いずれもかわいい嘘なのでこれ以上突っ込みません。
 まあ,一番アレなのは,評議員会での主張やこのビラも党東京都委員会青年学生部が指導して書いているであろうことですね。彼ら自身が,自らの嘘つきを一番良く認識しているはずです。
CIMG0928 - コピー

 また,先月23日の評議員会で彼らが配布した,活動実績を紹介する資料を載せておきます。私から言わせると,ほとんどが,共産党・民青としての活動を,誇張した上で,「平和研」「青空の会」に無理矢理後付けしてつくった「実績」です。 彼らに活動実績がないのは,当の東大生が,「知らない」という形で一番よく知っています。
IMG_0377

【速報】現場から連絡がありました。それによると,学友会の運代・文代の両評議員会で,「平和研究会」「青空の会」の部室取り上げが改めて決定されたとのことです。フォイヤーベルク管弦楽団も同様に部室取り上げが決定されたとのことです。以下,評議員会参加者から提供されたリポートです。お礼申し上げます。

今日19時01分に開始した「学友会 文代・運代臨時合同評議員会」(於511教室)では、まずフォイヤーベルクについての部室取り上げの学友会案が話し合われ、フォイヤーベルク側は、代表が学生会館委員会と部室利用停止処分について係争している途中に部室を取り上げられたことの不当性を訴えたのに対し、自治団体側は、学友会が学生会館委員会からの要請を受けて、フォイヤーベルクからの話も聞きながら、利用停止の長い部室を他の部室を必要とするサークルに割り振ったほうがよいと判断したことを説明した。フォイヤーベルクに関しては、20時00分に無記名投票の用紙の開票を終え、運代が承認6、不承認1、文代が承認13、不承認5でそれぞれ学友会案が承認され、フォイヤーベルクの部室取り上げが改めて決定した。
次に環境研究会「青空の会」からはK代表、平和研究会からは修士のK代表代理(発言は採決により承認された)が、それぞれ「部室継続申請を期限内に提出した」との主張を繰り返したほか、民青との関係についても歴史的経緯を説明し、「ゆがみのない判断を」と理解を求めた。この2団体に関しては20時37分から45分にかけて投開票が行われ、部室取り上げの学友会案が、「青空の会」については、運代が承認6、不承認1、文代が承認12、不承認3で、平和研究会については運代が承認6、不承認1、文代が承認14、不承認3で、それぞれ承認され、これら2団体の部室取り上げも改めて決定した。

(注・【削除】さんはもう有名人なのであえて伏せませんでした)

 B109について言えば,締め切りをきちんと守ったサークルの利益を尊重する判断が出されたのではないでしょうか。また,同時に,これで,数十年置かれつづけてきた日本共産党・民青同盟の学内活動拠点が,東京大学から消滅することが決まりました。

 私としては,「平和研」「青空の会」の発言内容に興味があるところです。今度,参加者に詳しい発言内容を聞こうと思いますが,私の想像では,おそらく,事情を知っている人がその場にいないのをいいことに,またまたとんでもない詭弁を使っていることだろうと思います。そうした表面的な言説に惑わされずに,彼らが誠実な議論が期待できる集団なのかをよく考えて判断したであろう評議員サークルの各位に,元関係者として,心から敬意を表するものです。

 注目した皆さん,本当におつかれさまでした。そして,私としては,今回の件を機に,今後,この東京大学で,外部党派による学生に対しての不誠実な行為が繰り返されないためにどうすればよいのか,考えていくことが必要ではないかと考えているところです。

このページのトップヘ